りきりという有様さ。而も、そんなにしても手にはいるものといっては、肥料の足りない痩せた菜っ葉だとか、腐りかけた鰯の干物だとか、冷凍の鯨だとか、まるで話にならん。一方では、砂糖は既に払底、塩も極度に不足、味噌醤油はとぎれがちという有様。これで無事に生きてるのが不思議なくらいだ。
「一体、東京の人口は半分になったといっても、まだまだ多すぎるよ。用のない人間がうようよしているし、焼け残りの家の中にうじゃうじゃつまっている。呆れたもんだね。然し、呆れてばかりいては、生存に必要なカロリーも取れやしない。俺の愛する娘も、だいぶ栄養失調の恐れが濃厚になってきた。
「外の者はどうでもよいから、せめて娘にだけは腹一杯食べさせたいと、俺はいつも思っているんだ。そして、何かとごまかしては、なるべく旨いものを食べさせようとたくらむんだが、娘はただばか善良で、これは叔父さまに、これは叔母さまに、これは何々ちゃんにと、少しでも美味なものはみな外の人に廻して、自分の口には入れない。
「そこで俺は、計略を用いたよ。或る時、これはまた実に珍らしく、実に特別に、砂糖の粉がふいてる甘いヨウカン二本手に入れた時のことだが、玄
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