彼に訴え始めた。
 彼は寛大に終りまで聞いてくれた。何度かうなずいて、同情のしるしまでも示した。それから静かな調子で言った。
「お前の気持ちは、よく分る。それについて、俺の意見はあとで言おう。実は、俺の方でも、お前に話したいことがあるんだよ。」
 話したいことがあるなどとは、彼としては実に珍らしい。私は彼の顔を見守った。彼は暫し、話の糸口を探すらしく何か考えていたが、やがて話しだした。
「お前が知ってる通り、この頃、俺の家には大勢の者がいる。それで、食糧難がますますひどくなってきたんだ。」
 つまらないことを言いだしたものだと私は思って、ただ耳だけかしながら、煙草をふかして外を眺めた。彼は構わず話し続けた。
「叔父夫婦や従妹夫婦やその子供たちや、女中まで加えて、十人になるものだから、配給の食糧だけでは、まあ五人分しかないし、五人分はいつも補給しなければならない。この五人分というのが、副食物の分量を計算してのことだから、面倒なこと限りがない。経済的にもそろそろ破綻しそうだが、それよりも手数がたいへんだ。家に坐ってては、それだけの分量、なかなかはいらないので、従妹の夫は殆んど買い出しにかか
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