拓でもある。
 足下に、きびしい境界線が引かれているのである。この一線を真に乗り越すには、決意の合間のたゆたいの一瞬、深い寂寥に堪え得なければならない。
 斯かる寂寥を、誰が感じたか、また誰が感じなかったか、私は厳密に設問したく思う。返答は応か否かの二つしかない。否の返答者については、新時代の名において、私はその人の言動の誠実さを疑いたい。
 そういう瞑想は、更に私を寂寥の深くへ沈ませた。眼前のひっそりとした眺望と、それに伴う瞑想とは、互に表裏をなしてもつれ合い、それが明るい静かな斜陽に輝らされてるだけに一層淋しく、その時もしも私に恋人があったならば、恐らくその名を私は呼んだでもあろう。
 そこへ、あの男がやって来たのである。

 私は黙って彼を見た。殆んど無表情だったに違いない。彼は詮索するように私の顔色を窺った。その視線のもとで、私は泣きたいような気持ちになった。
「また、何かくだらないことを考えていたんだね。」と彼は言った。
 その言葉は冷かに私の胸を刺した。普通ならば反抗するところだったが、寂寥の底にいた私は逆に、甘えかかっていった。硝子戸の外の淋しい眺め、内心の淋しい思いを、
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