却っておれには不安になった。暫く考えてるうち、大事なことを思い当った。彼女は芸者の言葉など恐らく聞いたこともあるまい。芸者をダンサーに変えたらどうか。ダンサーの言葉なら、彼女がよく識ってる女編輯者の言葉と、大差なくごまかせるだろう。それの方が、作品もモダーンになる。つまり、彼女の無知が却って作品をよくするのだ。――この最後の点は、おれも黙っていたが、芸者をダンサーに変えることについて、懇々と注意を与えてやった。
さよ子はあちらの室で、熱心に原稿を書いている。それが進捗するに随って、おれの懐にはそれだけ原稿料がころがり込むというわけだ。
分らない箇所があると、彼女はおれのところへ相談に来る。おれは懇切に教えてやる。それから、尋ねてみる。
「どうだい、この作品、面白いかい。」
「たいへん面白いんですけれど……。」
「けれど……なんだい。」
彼女は額の汗をハンカチで拭いて、かしこまっている。
「遠慮なく言ってごらん。どこかに発表するというものじゃない。ただ、君の勉強のために清書さしてるんだ。いつも言う通り、物を書くということは、物をはっきり考えることだ。考えることと書くこととを、一緒の
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