或る作家の厄日
豊島与志雄

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 準備は出来た。彼女が来るのを待つばかりだ。御馳走が少し足りないようだが、この場合、いろんな物をごてごて並べ立てるのも、却ってさもしい。万事すっきりと、趣味を守ることだ。腹にたまるようなものは避けたがよい。肉類はだいたい下品だ。もし腹がへったら、白いパンにキャビア……パンは白いにきまってる筈だが、その白いパンがなかなか手にはいらない悲しい時代だ。其他、おれはずいぶん配慮した。第一、女中やさよ子の手をかりないで、おれ一人で、いや、彼女と二人で、処理したいのだ。鉢に盛った鶏卵が少し気になるが、彼女には、卵の黄身だけをぬき出してすする癖があるので、その癖を大目に見てもよかろう。酒は豊富にある。日本酒をはじめ、葡萄酒、ジン、ウイスキー、炭酸水も用意してある。
「今日は、たぶん、徹夜の仕事になるだろうから、食べ物は書斎に並べておいてくれ
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