うな顔をして、とにかく、原稿を、たとえ完結しないままでもよいから、持って来て頂けまいかと、逆な頼みだ。原稿さえ頂いたら、社長を説きつけて、御入用の金だけは、責任を以て直ちに出させるとのこと。その好意で、まずまずおれは助かった思いがした。
ところで、問題は、その原稿だ。暑気のせいもあり、過労のせいもあって、どうも仕事がうまくいかない。仕事が運ばないと、なおさら酒を飲むし、飲んだあとは心身ともに虚脱的になり、仕事はなお出来にくい。いたちごっこで、自分を訶んでるようなものだ。焼酎、日本酒、安ウイスキー、その混合の毒にもあたり気味だし、頭脳を明晰にする筈の薬剤の作用も、重複すれば却って頭を濁らすらしい。だが、これも一時のことだと、自信はある。
それはとにかく、さし迫って原稿を書かなければならない。而も、時間の余裕はない。相馬多加代との約束は、何よりも重大だ。
人生、窮すれば通ずで、おれも窮余の策を発見した。ノートにめちゃくちゃに書きつけた小説断片があるのを、思い出したのである。他日何かに利用するつもりのなぐり書きで、単独の使い物にはならない。然し、アプレ・ゲールのデフォルマシオンとして、
前へ
次へ
全22ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング