たし、死んでしまうかも知れない。」
 冗談でなく彼女は言う。だから、おれとの仲が主人にばれて、小遣銭が全く封じられたら、それは彼女にとって生きながらの死を意味するだろう。だからといって、主人の財産の中から、自由になる金を予めごまかしておくだけの才覚もない。いざとなったら、おれのところへ飛び込んで来て、同棲生活をするという、それだけの勇気もないし、てんで、そのようなこと考えてもみないらしい。彼女は旅を億劫がり、結婚後、主人の任地へも行ったことがなく、いつも東京の邸宅に暮していたらしく、避暑とか避寒とかの旅もしない。おれのところへ飛び込んで来るなどということは、旅行以上の冒険なのだ。
 だが、このおれにしても、物ぐさなことにかけては、彼女と変りない。彼女との同棲生活など、おれも考えたことはない。嘗て妻と喧嘩別れをし、正式に離別した時は、むしろさっぱりした気持ちだった。家の中で一定の地位を持ち権力を持つ女性との生活は、一度だけでもう沢山だ。身辺の多少の不便さなどは、考えようでどうにでもなる。現に、女中と本間さよ子とがいるだけで、何の不便も感じない。
 然し、貧乏なのは、これは困る。金があれば
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