は彼女が好まない。いつでも自由に逢える場所はないものか。おれの方では、スキャンダルなんかは一向に恐れない。彼女の方でも、世間体をそうびくびくしてるわけではない。老いらくの恋で人妻を奪った者さえある。けれど、二人の仲は秘密にしておく必要がある。
 原因は、彼女の主人の吝嗇にある。彼は元陸軍将校で、相当な財産を持っていた上に、終戦後、旧部下の者数名と商事会社を作り、ヤミ物資の売買をして、更に財産をふやした。放蕩はするし、情婦もあるらしいし、妻への愛着は少いようだ。その代り、家庭の経済には監督厳重で、嘗て、妻の品行に聊かの疑惑を懐いた時、嫉妬はせず、その代り、金を殆んど与えなかった、そういうことを、彼女は恐怖している。
 彼女は、映画はあまり見ないが、新旧とも芝居が好きだし、短歌会などにはいって、へたな歌をこねまわし、ダンスはしないけれど、うまいコーヒーやケーキを好み、アルコール類も可なり嗜み、日常が贅沢で派手なのだ。貧乏華族の娘だったとかで、どこかおおまかだ。そういうところに実は、家庭における主人の吝嗇が胚胎してるのかも知れない。彼女はずいぶん金がかかる女のようだ。
「無一文になったら、わ
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