O駅に降りたのが午前四時半。岩木の家までは可なり遠いことが分っていたし、細君がなんだか病身らしい様子だし、訪問に適当な時間になるまで駅内で過すつもりでいた。ところが、十一月末のこととて、午前四時半はまだ深夜で、薄着の身はぞくぞくと冷えこむ。俺はスーツケースをぶらさげて、さまよい出た。
時間から推して意外にも、明るい賑かな街路がある。空襲の焼跡に出来たらしい狭い街路で、ちゃちなバラックの軒並だが、おでん、うどん、すいとん、みつまめ、コーヒー、煮物など、各種の飲食物の小店に、ガチャンコの遊び場まで交っていて、まばらな人影が動いている。少しく行くと、宿屋の看板があって、表戸は開け放しで、帳場の中も明るい。
汽車の疲れと睡眠不足とのため、俺はただ茫然として、それらの光景の中を泳いで行った。そして宿屋の帳場の前に立った。
「頼みます。誰かいませんか。」
帳場の小障子が開いて、年増の女中が顔を出した。
「願います。寒くて眠くて、どうにもならん。」
「もうだめですよ。室がいっぱいで。じきに夜が明けますよ。」
「だから、ちょっとの間でいいんです。そこの、帳場の隅っこでもいいから、休まして下さい。
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