そう。ではなにか召上れよ。いま御飯も出来ますから。」
娘は黙っていたが、ふいに顔を伏せ、ハンカチを眼にあてて、泣きだしてしまった。
「どうしたの。」
久子さんが寄り添ってゆくと、娘はますます泣いた。
どうもへんだ。娘が泣きだしたことではない。すべてに於て、なにか調子が狂ったようで、どこが狂ったのか、俺にも分らない。俺はただ酒を飲んだ。
娘は突然、ぴたりと泣きやんだ。眼を拭いた。極りわるそうな風もなく、悲しそうでもなく、微笑の影も浮べず、没表情な顔に返っている。
「いろいろ、ありがとうございました。これから、くにへ帰ります。」
丁寧なお辞儀をして、あとしざりに、室から出て行った。
久子さんが玄関まで送ってゆき、しばらく手間取った。
俺も岩木も黙っていた。
久子さんが戻ってくると、岩木はいぶかしそうに彼女を眺めた。
「お前はへんだったよ。あの娘と、まるで、前から識り合いみたいだ。」
「だって、可哀そうです。」強い語調だ。「重そうなカバンをさげていましたわ。」
「市役所からここまで、なんのために来たのかなあ。」
「お礼を言いに来たと、申しておりました。」
「帰りに何か言ったか
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