ません。……ありがとうございました。お礼に伺いました。」
 頭が畳につくほどのお辞儀をして、娘は立ち上りかけた。
 それを、久子さんが引留めた。
「まあ、宜しいでしょう。ゆっくりしていらっしゃいよ。」
 久子さんのその様子が、俺の注意を惹いた。彼女はさきほどから、娘の方をじっと見てばかりいた。何事にも無関心のような、細そりした彼女が、敵意とも好意とも分らない眼の光りで、じっと見ているのだ。そして二人の男をさし置いて、娘を引留めたのである。
 娘は進退に窮した様子で、ちょっと腰をおちつけて、両手を握り合している。
「亡くなった人は、仕方がありませんよ。」と岩木は言った。「然しはっきり分って、来られた甲斐があったというものです。生死不明の人が、ここでもずいぶんありますからね。」
「はい。」と娘はまた言った。
 久子さんは立っていって、台所から料理物を運んできた。そして娘にすすめた。
「こちらへいらっしゃいよ。疲れたでしょう。なんにもないけれど、あがって下さい。」
 娘は臼のように坐りきったまま、食卓へ近寄ろうとしなかった。
「一杯いかが?」
 久子さんは盃をすすめた。
「頂けません。」

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