旅程では、どうしても、その晩の汽車で立たなければならない。スーツケースも駅に一時預けしてきたほどだ。だから二人は、急いで飲み、急いで食い、急いでいろいろなことを話した。その話に、久子さんは殆んど加わらなかった。別な存在のようで、或は人形のようで、ただ席に侍ってるだけだ。料理などもたいてい、彼女がおばさんと呼んでるひと、あちらに住んでる親戚のひとであろうが、そのひとがしてくれてるようだ。
「このひとは、まったくお姫さまだよ。」と岩木は言った。
 だがそんな話は、つまり家庭的な個別的な話題は、すぐに飛び越えて、他の重大な話に、つまり一般的な話題に、移っていった。
 そして、眼には見えないが仄かに暮れかけてきた頃のこと、玄関のベルが鳴った。久子さんが出て行った。しばらくして彼女は戻って来た。
「清水さんに、お客さまですよ。」
 俺は合点がゆかないのだ。
「間違いでしょう。僕はここではほかに知人はないし、昨晩、それも夜明け前に……。」
 言いかけて、ふと思い当った。
「どんな人ですか。」
「若い女のひとです。」
 俺は息を呑んだ。自分でふしぎなほど狼狽し、それから腹が立った。
「追い返して下さ
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