れてくる。
 芸術創作家は、野心が大なれば大なるほどいいのだ、理想が大なれば大なるほどいいのだ。凡ての方面に於て凡庸を主義[#「主義」に傍点]とする芸術家なるものを、私は想像出来ない。芸術家の野心や理想は、人間的な範囲をも越ゆるものでありたい。あわよくば、天空にまで昇りゆき、地の底にまで潜り込み、神の領域をも犯し、悪魔の領域をも犯さんとすること、それが彼の野心でありたい。こう云うのは、何も人間的なものを脱却するの謂ではない。立脚する地点は人間的なものでなければならない、最も凡庸なものであってもいい。ただ、其処に足をふみしめて、あくまでも大きくなり深くなることだ。
 所謂ヒューメーンを事とする傾向が嵩じてくると、遂には芸術家の野望が窒息しはしないかを私は恐れるのである。芸術家の野望が窒息して、文壇全体が停滞し腐爛しはしないかを、恐れるのである。芸術全体が、地面を蠢動する蚯蚓みたいになりはしないかを、恐れるのである。三つの拡がりを有する立体的な意味に於ける凡庸を主義とする傾向、所謂ヒューメーンを標的とする傾向、それを打ち倒すがいい。地面の上から理想を解放するがいい。偉大な光りと偉大な闇とを
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