い、手当り次第のものを頭につめ込んで、それに必死と縋りついて、もはや自由な動きが取れないのである。現実に対する認識が畸形となり、ノルマルなものがアブノルマルと見え、アブノルマルなものがノルマルと見えてくる。
斯かるタイプは、戦後五ヶ年をへて、だいぶ少くはなった。然しまだまだ、種々なものが残存している。その一つは、戦争という悪夢に対するノスタルジー、とまではいかなくとも、寝床の中でうっとりと、さめた悪夢の影を追ってるような気分である。勿論、戦争のことを語って悪いということはない。大岡昇平が「俘虜記」其他を書いた気持ちは、是認される。火野葦平がインパール作戦記の「青春と泥濘」を書いた気持ちは、是認される。けれども、職業軍人たちの戦争回顧談ぐらい、およそ悪質なものはない。史実の記録ならばまだよいけれども、たいていは、悪夢の影をうっとりとなつかしんでる気分が漂っている。あの時、斯くして負けたけれども、情況もしこうであったならば……という条件付きが、如何にも多いのである。率直に事実だけを述べられないものか。局部的情況の条件などは、戦争全体にとっては無意味なものだ。敗戦の責任という言葉は愚劣極ま
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