だけの心情を持つ女性ファンがあったならばそのひとに敬意を表したいのである。ジャングル頭には、これは望めないだろう。
 だが、ここで、御婦人の悪口を言うような失礼を犯すつもりはない。問題の本当のところは、全く、この内部的ジャングル頭にある。
 そういう頭脳の青年を、阿部知二は「おぼろ夜」の中で刻明に描き出している。この主人公の大学生は、愛する女学生から無視されたために、自我を喪失したと自覚し、その自我を回復するためには、その源泉たる彼女を抹殺しなければならないと考え、彼女を殺害した。そしてこの殺人行為は、当人によって論理的に弁義されているが、実は観念的思弁の空回りの結果にすぎないし、彼の頭脳の中には、カント、ヘーゲル、ケルケゴール、ハイデッガー、サルトル、などの思想家の断片と、原罪とか主体性とかいう断想とが、全くジャングルのように生い茂っているのである。そこでは、良識による見通しなどは全然つかない。一種の精神病的な面影さえある。
 戦争という巨大な重圧の下に育ってきた青年たちの、タイプの一つがここに見られる。敗戦後の解放によって、広い展望が前途に開けた筈なのに、却ってその展望に彼等は戸惑
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