河流が出てきた豊饒《ほうじょう》な絶望を、感じてくれたのである。

 山間の暴風雨の夜、電光のはためく下、雷鳴と風との荒々しい唸《うな》りの中で、私は考える、死せる人々のことを、死ぬべき人々のことを、また、空虚に包まれ、死滅の中に回転し、やがては死ぬべき、この地上全体のことを。そしてすべて命数限りあるものに、私はこの命数限りある書物をささげる。本書はこう言いたがっている。「同胞たちよ、たがいに近寄ろうではないか。われわれを隔ててるもののことを忘れようではないか。われわれをいっしょにしてる共通の悲惨のことだけを考えようではないか。敵もなく悪人もなく、ただ惨《みじ》めな人々があるばかりだ。そして永続し得る唯一の幸福は、たがいに理解しあい愛しあうこと――知力に愛――生の前と後との二つの深淵《しんえん》の間でわれわれの闇夜《やみよ》をてらしてくれる唯一の光明だ。」
 すべて命数限りあるものに――すべてを平等ならしめ平和ならしむる死に――生の無数の小川が流れこむ未知の海に、私は自分の作品と自己とをささげる。
  一九〇一年八月モルシャッハにて

 いよいよこの作品の製作にとりかかるずっと前から、
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