明をもって関係していた。種々の意見を発表して思潮をこしらえていた。思想界に活気を与えながら、すぐにまたそれにも厭気《いやけ》がさしていた。議論によって多くの人を論争に巻き込み、もっとも痛烈なもっとも圧倒的な批評を加えて彼らを悲憤さしたことも、一度ならずあった。彼はことさらそんなことをしたのではなかった。それが生来の欲求だった。きわめて神経質で皮肉だったので、他の迷惑となるほどの明敏さで事物人物の滑稽《こっけい》な点を見抜き、それを容赦することが困難だった。いかにりっぱな主張も人物も、それをある角度から見たりある拡大を施して見たりすれば、かならずなんらかの滑稽な方面を現わすものであり、したがって、皮肉な彼にはそれを長く尊敬してることができなかった。それゆえ彼には友人ができよう訳はなかった。しかし彼は他人のためを計ってやるという善良な意志をもっていたし、実際それを行なっていた。けれどもあまりありがたいとは思われなかった。彼の世話を受けた人たちでさえ、彼の眼から滑稽に見てとられたことを、ひそかに許しがたく思っていた。彼は人を愛せんためにはあまりによく人を見ないほうがよかった。彼は人間ぎらいな
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