た。クリストフはヴァトレーの少女に出会うことに、なんだか胸迫る思いがした。なぜなら、意識をまたずに本能がじかに見てとる神秘な形体の類似によって、その少女は彼にザビーネの娘を思い出させ、遠い最初の恋を、心からかつて消えなかった無言のやさしみをもってるあの儚《はかな》い面影を、彼に思い起こさしたのである。それで彼はその蒼白《あおじろ》い少女に興味をもった。彼女はかつて飛んだり駆けたりする姿を見せたことがなく、ほとんど人に聞こえる声をたてたことがなく、同年配の友だちを一人ももたず、いつも独《ひと》りで黙っていて、人形や木片で一つ所にじっと音もたてず遊びながら、ぶつぶつ唇《くちびる》を動かして何か独言《ひとりごと》を言っていた。やさしげで無頓着《むとんじゃく》だった。彼女のうちには何かよそよそしい落ち着かないものがあった。しかし養父は彼女をあまり愛しすぎてそれに気づかないでいた。ああ、その落ち着かなさ、そのよそよそしさ、それはわれわれの血肉を分けた子供たちのうちにさえ常に存在しないであろうか?……――クリストフは、その小さな孤独者を技師の娘たちと近づきになしてやろうとした。しかしエルスベルゼの
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