をさらに完全にしようと思いたったのだった。彼は病に苦しんでる子供を見ると、断腸の思いがして堪えられなかった。しかしまた、憐《あわ》れな小さき者の一人を病苦から救い出し得たときには、蒼《あお》ざめた微笑がその痩《や》せこけた顔に初めて現われてきたときには、いかにえも言えぬ喜びだったろう! ヴァトレーの心はとろけそうになった。天国的な瞬間だった……。そのために彼は、世話をしてやった者らについてしばしば厭《いや》な思いをしたことを忘れるのだった。彼らのうちで彼に感謝の意を表わす者はめったになかった。また一方では、きたない足をした多くの者が彼のところへ階段を上がってゆくのを見て、門番の女は腹をたて、苦々《にがにが》しげに苦情を言った。また家主のほうでは、無政府主義者らの会合ではないかと気づかって、いろいろ不平を言っていた。ヴァトレーは移転しようかと考えたが、それもめんどうだった。彼にはちょっとした癖があった。温和でもあり頑固《がんこ》でもあった。彼は人の言うことをそのまま放っておいた。
 クリストフはいつも子供らに愛情を示すので、多少ヴァトレーの好感を得た。子供にたいする愛が二人をつなぐ糸だっ
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