》さで自分の学説を説明しつづけた。それ以外の彼の生活については、クリストフは何にも知ることができなかった。それで、階段で彼とすれちがって立ち止まるのも、常に彼の供をしてる少女を見るためにすぎなかった。色の蒼《あお》い貧血的な金髪の少女で、青い眼、ややとげとげしい横顔、細長い身体、あまり表情のない病身らしい様子だった。クリストフも皆の者と同じく、それをヴァトレーの実の娘だと思っていた。ところが実際は、労働者の孤児であって、流行病で両親が死んだ後、四、五歳のときに、ヴァトレーから養女にされたのだった。ヴァトレーは、貧しい子供たちにたいして、ほとんど無限の愛をいだいていた。それは彼にあっては、ヴァンサン・ド・ポール風な不思議な愛情だった。彼はあらゆる公式の慈善について疑念をもっていたし、博愛団体についてはいかに考うべきかも知っていたので、一人で慈善をするように心がけていた。彼はそれを人に隠して、ひそかな楽しみを味わっていた。社会に尽くすつもりで医学をも学んでいた。以前、彼は町内のある労働者の家にはいって、病人がいるのを見、その手当を始めた。そのときすでに医学上の知識を多少そなえていたが、それ
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