ほうからもヴァトレーのほうからも丁寧なしかし明白な謝絶に接した。その人たちは、各自別々な箱の中に生き埋めになることを、名誉にかけても欲してるがようだった。厳密に言えば、彼らはたがいに助け合うことを承諾したはずである。しかしどちらも、自分のほうが助力を求めてるのだと思われはすまいかと恐れていた。そしてどちらも同じくらいの自尊心を――また同じぐらいの不安定な境遇を――もっていたので、どちらか一方が思い切って初めに手を差し出すということは、望まれないことだった。
三階の大きいほうの部屋は、たいていいつも空《あ》いていた。家主がそれを自分の用に取りのけておいたのである。しかも家主はかつてそこに住んだことがなかった。彼は元商人だったが、前もって定めておいた一定額の財産を儲《もう》けるとただちに、きっぱりと仕事をよしてしまったのだった。冬は|碧海の浜《コート・ダジュール》のある旅館、夏はノルマンディーの海岸というふうに、一年の大部分をパリー外で過ごし、他人の贅沢《ぜいたく》をながめ他人と同様に無駄《むだ》な生活を送りながら、わずかな費用で贅沢をしてるという心地を得てる、けちな金利生活者だった。
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