り込むには、何かある魔法的な秘訣《ひけつ》を、開けよ[#「開けよ」に傍点]胡麻《ごま》を、知っていなければならないほどだった。――一方には、二人の婦人が住んでいて、古い喪の悲しみのうちに浸り込んでいた。ジェルマン夫人という三十五歳になる女で、夫と小さな娘とに死なれてから、信心深い老年の姑《しゅうとめ》とともに、家に閉じこもってばかり暮らしてるのだった。――その向こう側には、五、六十歳ぐらいの年齢不確かな謎《なぞ》のような人物が、十歳ばかりの少女といっしょに住んでいた。頭は禿《は》げていたが、ごく手入れの届いたりっぱな髯《ひげ》をもっていた。静かな口のきき方をし、上品な態度で、貴族的な手をもっていた。ヴァトレー氏と人から呼ばれていた。無政府主義者で革命家で外国人だそうだったが、ロシアかベルギーかどこの国の人ともわからなかった。ところが実際は、彼は北部フランスの人で、もう今ではほとんど革命家ではなかった。ただ昔の名声だけで生きていた。一八七一年のパリー自治政府に関係して、死刑の宣告を受けたのだったが、自分でもどうしてだかわからないほど不思議にのがれた。それから十年ばかりの間は、ヨーロッパの
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