でも、中流思想の世界は、遠くから見ると光被してるように思われ、少なくともその中に住んでみたかった。そういう熱望はきわめて無邪気なものではあったが、身分上いっしょに暮らさなければならない人々との交際を困難ならしむるという、不都合さをきたした。そして、彼が接近しようとつとめてる中流社会からは門戸を閉ざされたので、その結果だれにも会えないこととなった。それでクリストフは、この男と交際するにはなんらの努力をも要しなかった。むしろすぐに避けなければならなかった。そうでないと、クリストフのほうから出かけてゆくよりもしばしばオーベルのほうからやって来たに違いない。オーベルは音楽や芝居などの話相手になる芸術家を見出して非常に喜んでいた。しかしクリストフは、読者もそう想像するであろうが、そんなことには彼と同じ興味を見出さなかった。民衆の一人を相手にしてはむしろ民衆のことを話したかった。しかるにオーベルは、そんなことを話したくなかったし、またそんなことを知ってもいなかった。
下の階に降りてゆくに従って、クリストフと他の借家人たちとの関係は、自然に遠くなっていった。それにまた、四階の人たちのところへはい
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