煙癖のためさらに痛められてる喉《のど》、微弱な活動力、結核患者めいた気質。空威張《からいば》りと皮肉と悲痛との交じり合ってる様子だったが、激しやすい大袈裟《おおげさ》な率直なしかもたえず人生に欺かれてる精神が、その下に隠れていた。ある中流人の私生児だったが、彼はその父親の名も知らず、とうてい尊敬できない母親に育てられ、悲しい汚らわしい多くのことを幼年時代から見てきた。各種の職業をやってみ、フランス内を方々旅した。学問をしたいという感心な心がけで、非常な努力をして独修した。歴史、哲学、頽廃《たいはい》的な詩など、あらゆるものを読んでいた。芝居、美術展覧会、音楽など、あらゆるものに通じていた。中流人的な文学や思想を心から尊重していて、それに蠱惑《こわく》されていた。大革命の初めのころの中流人士らを逆上さした空漠《くうばく》熱烈な観念論に、心からしみ込んでいた。理性の無謬《むびゅう》さを、無際限の進歩――われいずこまでか登り得ざることあらん[#「われいずこまでか登り得ざることあらん」に傍点]――を、地上へ幸福の到来を、全能なる学問を、人類神を、人類の長子たるフランスを、確信していた。熱烈な軽
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