隣人から多少の打ち明け話を引き出し得た。いったいエルスベルゼは奇妙な精神の男で、勇敢であるとともに冷然たるところがあり、いらだちやすいとともに忍従的なところがあった。困難な生活をりっぱに切りぬけてゆくの元気はあったが、生活を更新するだけの元気はなかった。あたかも自分の悲観主義を正当視して喜んでるかのようだった。最近、ブラジルにおけるある有利な地位を、ある事業を監督することを、申し込まれたが、彼は、家族どもの健康にその気候が悪くはないかを恐れて、断わってしまった。
「では家族を残しておいたらいいでしょう。」とクリストフは言った。「一人で行って皆のために財産を作っていらっしゃい。」
「家族を残すんですって!」と技師は叫んだ。「なるほどあなたには子供がないから無理はありません。」
「たとい子供があったって、私はそうしか考えませんよ。」
「いやそんなことはけっして、けっして!……それにまた、国を去るんです。厭《いや》なことだ。ここで苦しんでるほうがましです。」
いっしょにつまらなく暮らすというだけのそういう国や家族の愛し方を、クリストフは奇異に思った。しかしオリヴィエはそれを理解した。
「ま
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