をしかいれないそれらの一途《いちず》な魂にとっては、政治上の処置や主要人物らの妥協は、苦々《にがにが》しい幻滅の種となるのだった。自分の戦友らが、正理にたいする同じ唯一の情熱で鼓舞されてると思われる人々が、一度敵を征服すると、利にはしり権力を奪い、名誉や地位をかすめ取り、正理を蹂躙《じゅうりん》するようになるのを、彼らは見て来たのだった。が世の中のことは回り持ちだ……。ただ一群の人々のみが、おのれの信仰を忠実に守り、貧しい孤立の生活をし、あらゆる党派から見捨てられ、またあらゆる党派を見捨ててしまい、離れ離れに闇《やみ》の中にたたずみ、悲哀と神経衰弱とに悩み、人間をいとい人生に飽いて、もはやなんらの希望もいだいてはいなかった。技師とその細君とは、かかる敗北者らに属していた。
 彼らは家の中で少しも音をたてなかった。隣人たちから邪魔されるのを苦にしていただけに、また高慢の念から不平をこぼしもしなかっただけに、かえってこちらが隣人たちの邪魔になりはすまいかと病的な恐れをいだいていた。二人の娘たちが、快活の発作や叫び跳《は》ね笑いたい欲求を、たえず押えつけられてるのに、クリストフは憐《あわ》れ
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