徒であって、フランスの東部の出であった。夫妻とも数年前に、ドレフュース事件の暴風のため吹きまくられたのだった。二人ともその件案に熱中して、この神聖なヒステリーの烈風に七年間吹かれた数千のフランス人と同じく、狂気の沙汰《さた》にまでなってしまった。安楽も地位も縁故をも、そのために犠牲にしてしまった。親愛な友誼《ゆうぎ》をも破り、自分の健康をも失わんとした。数か月の間、もはや眠りもせず、食をもとらず、病的な熱心さで同じ議論を際限もなく繰り返した。たがいに刺激し興奮し合った。臆病《おくびょう》であり世の物笑いを恐れていたにもかかわらず、示威運動に加わったり集会で演説したりした。そしては幻想に駆られ異常な心地になってもどってきた。夜はいっしょに涙を流した。かくてその戦いに、感激と熱中との力を多分に費やしてしまったので、勝利が到来したときには、それを享楽するだけの力がもはや残っていなかった。一|生涯《しょうがい》元気は失《う》せ疲れはててしまったのである。その希望があまりに高く、その犠牲の熱があまりに純潔だったので、初め夢想していたところのものに比ぶれば、勝利もつまらなく思われた。ただ一つの真理
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