》ってる様子を見ると、彼はすぐに笑い出した。向こうでも笑い出した。クリストフは苦情を忘れて話しだした。ようやくあとになって、なんのために窓から顔を出してるかを思い出した。
「時にちょっと聞きたいことがあるんだが。」と彼は言った。「僕のピアノが邪魔になりはしないかい。」
 邪魔にはならないと男は答えた。けれども、もっと早い調子の節《ふし》をひいてくれと頼んだ。なぜなら、おそいのに調子を合わしてると仕事が遅れるからだった。二人は仲よしになって別れた。その十五分ばかりの間に二人がかわした言葉よりも、半年の間にクリストフが同じ建物に住んでるすべての人々へ言った言葉は、さらに少なかったほどである。

 各階に二軒分の住居があって、一方は三室、他方は二室きりだった。女中部屋はなかった。各家族が自分で炊事をやっていた。ただ、一階と二階との人たちだけは、二軒分の住居をいっしょに借りていた。
 六階には、クリストフとオリヴィエの隣に、コルネイユという牧師が住んでいた。四十格好の人で、教養も深く、自由な精神と広い知力とをそなえていた。昔はある大きな神学校の聖書解釈の教師をしていたが、最近になって、その近代
前へ 次へ
全333ページ中77ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング