は自分の周囲に空虚な淵《ふち》をうがち、深淵《しんえん》の上にぶらさがって、その眩暈《めまい》に酔っていた。際限なき暗夜のうちに彼らは、崇高な喜びの念をもって、思想の電光をひらめかしていた。
クリストフも彼らのそばに身をかがめて、のぞいてみようとした。しかし眼がくらんで見られなかった。自己の本心の法則以外のあらゆる法則を脱したので、もう自由の身だと信じていた彼も、それらのフランス人に比べてはいかに自由の度が狭小だかを、駭然《がいぜん》として感じたのである。彼らは、精神のあらゆる絶対的な法則から、あらゆる無上命令から、あらゆる生存の理由から、脱してしまっていた。しからばなんのために彼らは生きてるのか?
「自由であることの喜びのためにだ。」とオリヴィエは答えた。
しかしクリストフは、そういう自由の中では途方にくれたので、かえって力強い規律的精神が、ドイツ式な専横が、残り惜しくなってきた。彼は言った。
「君たちのその喜びは、誘惑の餌《えさ》であり、阿片《あへん》喫煙者の夢だ。君たちは自由のために酔わされて、生を忘れている。絶対的な自由、それは精神にとっては狂気であり、国家にとっては無政府
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