できない香りだった。世界各国の芸術家らがそれにひきつけられていた。そして彼らはフランスの詩人に、徹頭徹尾フランスの詩人になっていた。それらのアングロ・サクソン人、フラマン人、ギリシャ人などこそ、フランスの古典芸術が有するもっとも熱烈な徒弟であった。
 クリストフはオリヴィエに案内されて、フランス詩神の沈思的な美をしみじみと感じさせられた。それでも心の底では、彼の趣味にとってはやや理知的すぎるその貴族的な人柄よりも、単純で健全で頑丈《がんじょう》で、それほど理屈ぽくなくてただ愛してくれる、美しい平民の娘のほうが、やはり好ましいのだった。

 同様な美の香り[#「美の香り」に傍点]は、熟した苺《いちご》の香りが日に暖まった秋の森から立ちのぼるように、フランスのあらゆる芸術から立ちのぼっていた。草の中に隠れてるそれらの小さな苺の木の一つとしては、音楽があった。クリストフは自国において、まったく別な茂り方をしてる音楽の草むらに、いつも慣れていたので、最初はこの苺の木に気づかずに通り過ぎた。しかし今や彼は、その美妙な香りに振り向かせられた。音楽の名を僭《せん》してる茨《いばら》や枯れ葉の中に、少
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