己の法則をそなえている。その掟《おきて》は自然の力の掟と同じである。人間の生活には、静かな湖水のごときもあり、雲の流るる明るい大空のごときもあり、豊饒《ほうじょう》な平野のごときもあり、切り立った山嶺《さんれい》のごときもある。ジャン[#「ジャン」に傍点]・クリストフ[#「クリストフ」に傍点]は、いつも大河のごとくに私の眼には映った。私は最初よりそれを述べておいた。――大河の流れのうちには、周囲の野や空を映しながら広々として眠ってるように思える場所がある。それでもやはり流れ変化しつづけている。時としては、静まり返った外見のうちに急流を包んでいて、その猛然たる勢いはやがて、先に行って第一の障害にぶつかったとき、突然現われてくることがある。そういうのが、ジャン[#「ジャン」に傍点]・クリストフ[#「クリストフ」に傍点]のこの一巻の姿である。今は、おもむろに水を集め、両岸の思想を吸い込みながら、ふたたびその流れをつづけんとしている、海の方へ――われわれが皆行くべき海の方へ。

   一九〇九年一月[#地から2字上げ]ロマン・ローラン
[#改ページ]

     一


 俺《おれ》には一人の
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