リストフ[#「クリストフ」に傍点]の終わりのある部分(ことに燃ゆる荊[#「燃ゆる荊」に傍点]の中のアンナの章)などは、曙[#「曙」に傍点]よりも前に、あるいは同時に、書かれていた。クリストフやオリヴィエのうちに反映するフランスの映像は、最初よりして、本書のうちに一定の場所を占めていた。それゆえに、これをもって著作の脱線だと見なしてはいけない。これは道中予定の佇止《ちょし》であって、過ぎ来し谷間をふり返り見、行く手の遠い地平線をうちながむべき、人生の大なる覧台《テラース》の一つである。
言うまでもなく私は、これら最近の巻(広場の市[#「広場の市」に傍点]と家の中[#「家の中」に傍点])において、もとよりその後の部分においても同様であるが、一つの小説を書くという志望は少しもなかった。それではこの作品はいったいなんであるか? 詩であるのか?――いや名前の必要がどこにあろう。一人の人間を見て、それは小説か詩かと尋ねる者が世にあろうか。私が創造したのは一個の人間である。一個の人間の生活は、文学上のある形式の中にはめ込まれ得るものではない。その法則は生活自身のうちにある。そして各生活はそれぞれ自
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