に傍点]におけると同じく、この一巻のうちにも彼らは小説的波乱を見出さないだろうし、あたかもここで主人公の生活は中止されたかの観がある。
 私はここに、いかなる情況のうちに私がこの全部の著作に取りかかったかを、陳述しなければならない。
 私は孤立していた。フランスにおける多くの人々と同様に、私は害悪な精神界に窒息しかけていた。私は呼吸したかった。不健全な文明にたいして、偽りの選良者らから腐敗されてる思想にたいして、反抗して起《た》ちたかった。その選良者らに言ってやりたかった、「君らは嘘《うそ》を言ってる、君らはフランスを代表してはいない。」
 それには、純潔な眼と心とをもち、発言の権利を得るだけの十分高い魂をもち、人に耳を傾けしむるに足りる十分強い声をもってる、一つの主人公が、私に必要であった。私は気長にそういう主人公を築き上げた。意を決してこの著述に筆を染むる前、私は主人公を十年間も自分のうちに担《にな》っていた。クリストフがいよいよ発足したのは、私がすでに最後まで彼の道程を見きわめたときにであった。そして、広場の市[#「広場の市」に傍点]のある部分や、ジャン[#「ジャン」に傍点]・ク
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