c。が仕合わせにも焼き肉は無事だった。そら、すっかりでき上がったし、食卓も整った。彼女はメルキオルと祖父とを呼んだ。彼らは威勢よく返辞をした。それから子供は?……もうひいていなかった。先刻からピアノの音はやんでいたが、彼女は気がつかないでいた……。「クリストフ!」……どうしてるのだろう? なんの音も聞こえなかった。いつも彼は食事に降りてくるのを忘れがちだった。父がまた怒鳴りつけるかもしれなかった。彼女は大急ぎで階段を上がっていった……。「クリストフ!」……返辞がなかった。彼女は彼の勉強室の扉《とびら》を開いてみた。だれもいなかった。室は空《から》だった。ピアノには蓋《ふた》がしてあった……。彼女は心配になった。彼はどうなったのかしら? 窓が開いていた。あ、落ちたのじゃないかしら!……彼女ははっとした。身を乗り出してながめてみる……。「クリストフ!」……どこにもいない。彼女は方々の室を見て回る。下から祖父が大声に言っている。「おいでよ、心配することはない。きっとあとから出て来る。」彼女は降りて行きたくない。彼がその辺にいることはわかっている。冗談に姿を隠して、母を心配させようとしてるのだ
前へ
次へ
全333ページ中320ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング