鞄G対せる両民衆の間を通じて、両岸の生の力をことごとく、動脈のように担《にな》いゆくことであった。――異常な清朗さが、突然の静明さが、もっとも陰暗な時期において彼に現われた……。それから、幻影は消え失《う》せた。そして、老母の悲しいやさしい面影だけがまた現われた。
 ようやく曙《あけぼの》の光が見えそめたころ、彼はドイツの小さな町に到着した。まだやはり逮捕令状のもとにある身分だったから、人に気づかれないように用心しなければならなかった。けれど停車場ではだれも彼に注意を向けなかった。町中は眠っていた。人家は戸が閉《し》まっており、街路は寂然としていた。ちょうど、夜の燈火が消えてゆき昼の光がまだささない灰色の時刻――眠りがもっとも楽しくて夢が東の仄《ほの》白い明るみに照らされる時刻であった。一人の小さな女中が店の雨戸を開きながら、古い民謡を歌っていた。クリストフは感動のあまり息もつけないほどだった。おう祖国よ! いとしきものよ!……彼はその地面に唇《くちびる》をつけたかった。その素朴《そぼく》な唄《うた》を聞くと、しみじみとした気持になって、祖国を離れていかに不幸だったか、いかに祖国を愛し
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