アろと同じように、彼をキリストのうちに生きさしていた。
彼は何物をもいかなる生の力をも、否定しなかった。彼にとっては、あらゆる宗教書は、古きと新しきとを問わず、宗教的なものと世俗的なものとを問わず、モーゼからベルトローにいたるまで、皆確実なものであり、崇高なものであり、神の言葉であった。そして、聖書はただそのもっとも豊かな見本であって、神のうちに結ばれたる同胞愛のもっとも高い優秀者が教会であるのと同じだった。しかしその聖書も教会も、一定不動な真理のうちに人の精神を閉じこめるものではなかった。キリスト教は、生けるキリストにほかならなかった。世界の歴史は、神という観念の不断の生長の歴史にすぎなかった。ユダヤ聖堂の没落、異教の世界の衰滅、十字軍の失敗、法王ボニファス八世の屈辱、眩暈《めまい》するばかりの広い空間に地球を投げ出したガリレオ、大なるものよりもさらに力強い極微なるもの、王権の終滅と和親条約《コンコルダ》の絶滅、すべてそれらのものは、一時人心を途方にくれしめた。ある人々は倒壊しかけてるものに必死とすがりついた。またある人々は手当たりしだいに板子をつかんで漂流した。しかるにコルネイユ
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