や態度や思想表白の方法などのうちに――気持のうちにさえも、ある一種の道化味をしだいに導き入れる。講演というものは、退屈な喜劇と世俗的な物知り顔、その二つの暗礁の間を行き来する種類のものである。敷石の見知らぬ無言の人々の面前における、その声高な独自の形式、万人に向くはずであってしかもだれにも似合わない、その出来合いの着物、それは、多少人|馴《な》れない高慢な芸術家気質にとっては、ひどく間違ったものと思われる事柄である。オリヴィエは、自分自身に沈潜して自分の思想の完全な表現のみをしか口にしたくない欲求を感じていたので、ようやくにして得た教師の職をも擲《なげう》ってしまった。そして、彼の夢想的傾向を止めるべき姉もいなくなっていたので、彼は筆を執り始めた。芸術的な価値がありさえすれば、別にその価値を人に認められようと努力せずともかならず認められるものだと、率直に考えていた。
ところが彼はその夢から覚《さ》めさせられた。何一つ発表することができなかった。彼は自由を熱愛していたので、すべて自由をそこなうものを嫌悪《けんお》して、自分一人離れて生きていた。あたかも、たがいに対抗団結を作って国土と新
前へ
次へ
全333ページ中136ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング