、ごくきれいではないが愛嬌《あいきょう》があって、父親に一身をささげ、父親のもとを離れたくないので結婚もしないでいた。クリストフは窓からのぞき出して、しばしば彼らをながめた。そして自然と、父親によりも娘のほうに多く注意を向けた。彼女は午後の一部分を庭で過ごしながら、年取った不平家の父親といっしょにいつも上機嫌《じょうきげん》で、縫い物をしたり夢想したり庭をいじったりしていた。少佐の口やかましい声に茶化した調子で答えてる、彼女の静かな澄んだ声が聞こえた。少佐は砂の小径《こみち》をいつまでもぶらついていたが、やがて家に引っ込んでいった。彼女はあとに残って、庭のベンチに腰をかけ、身動きもせず口もきかずぼんやり微笑《ほほえ》みながら、幾時間も裁縫していた。一方では家の中で、退屈しきってる少佐が、一生懸命にフルートの酸《す》っぱい音を吹きたてたり、または気を変えるために、途切れがちにハーモニュームをかき鳴らしたりしていた。それがクリストフには面白くもあればうるさくもあった――(日によってその気持は違った)。
それらの人々は、四方閉ざされた庭のついてる家の中で、世間の風に吹かれもせず、おたがい
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