活動的で、自分を役だたせたいと願い、いつも慈善事業にたずさわっていた。夫よりはるかに複雑でない性質の彼女は、自分の道徳上の誠意のうちに、また、自分の義務としてる多少|頑《かたくな》な理知的なしかしごく高尚な意見のうちに、うずくまり込んでいた。かなり憂鬱《ゆううつ》で、子供もなく、大きな喜びもなく、大きな愛もない、彼女の全生活は、その道徳的信念の上に築かれていた。が信念というも実は信じたい意志にすぎなかった。夫の皮肉な眼は、彼女の信念のうちにある勝手な欺瞞《ぎまん》の方面を見のがさなかったし、心ならずもからかわずにはいられなかった――(それは自分でも抑制し得ないことだった。)彼はまったく矛盾ででき上がっていた。義務については細君に劣らぬ高尚な感情をもっていたが、また同時に、解剖し批評し欺かれたくないという一図な欲求をもっていて、自分の道徳上の命令を寸断し粉砕していた。彼は細君の立脚地を覆《くつが》えしてることには気づかなかった。残酷なまでに細君を落胆さしていた。それに感づくと彼女以上に苦しんだ。しかしもうやったことでしかたなかった。それでも彼らはなおつづけて、忠実に愛し合い、働き、善を行
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