たとい臆病さからでも、言い換えれば心ならずにでも、黙り込む人に出会うと、うれしいものです。」
クリストフは自分の皮肉を面白がって笑っていた。
「では、私が無口だから訪《たず》ねて来てくだすったのですか。」
「ええ、君が無口だから、君が沈黙の徳をそなえてるからです。沈黙にもいろんな種類があるが、僕は君の沈黙がすきです。それだけのことです。」
「どうしてあなたは私に同情を寄せられるのですか。ろくにお会いしたこともないのに。」
「それは僕のやり口です。僕は人を選ぶのにぐずついてはしない。気に入った人にこの世で出会うと、すぐに決心して追っかけていって、いっしょにならなきゃ承知しないんです。」
「追っかけていって思い違いだったことはありませんか。」
「幾度もありますよ。」
「こんども思い違いではありませんでしょうか。」
「それはじきにわかることです。」
「ああそうだったら、私はどうしましょう。ほんとに私はぞっとします。あなたから観察されてると思うだけで、私はもう何もできなくなります。」
クリストフはやさしい好奇心の念で、その感銘深い顔をながめた。それはたえず赤くなったり蒼《あお》くなったりし
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