よりも、むしろそれらを皆代わる交わるながめてみたくなる。透明な湖水の中に自由に泳いでる時の方が、ずっと美しいものに思われる……。
 彼はそのあらゆる種類のものを漁りだした。いずれも皆奇怪なものばかりだった。数か月来彼のうちにはあらゆる観念が積もっていて、しかも彼はそれを利用し費消することがなかったので、今やその豊富さになやんでいた。しかしすべてが雑然と交り合っていた。彼の思想は物置場であり、ユダヤ人の古物店であって、珍稀な器物、高価な布、鉄|屑《くず》、襤褸《ぼろ》などが、同じ室の中に堆《うずたか》く積まれていた。どれが最も価値あるものであるかを、彼は見分けることができなかった。いずれにも同じく興味がもてた。和音のそよぎ、鐘のように鳴り響く色調、蜜蜂《みつばち》の羽音に似た和声《ハーモニー》、恋せる唇《くちびる》のように微笑《ほほえ》む旋律《メロディー》。また、風景の幻影、人の面影、熱情、霊魂、性格、文学的観念、形而上学的《けいじじょうがくてき》観念。また、雄大不可能な大計画、あらゆるものを音楽で摘出し種々の世界を包括《ほうかつ》せんとする、四部作《テトラロジー》や十部作《デカロジー》
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