。また多くは、一つの声音、街路を通る一人の男、風の音、内心の律動《リズム》、など些細《ささい》なものからにわかに呼び起こされる、仄《ほの》かな明滅する感覚。――それらの計画の多くのものは、ただ題名だけでしか存在していなかった。一つもしくは二つ限りの主調にまとめられるものであったが、それで十分だった。ごく若い人々と同じく彼もまた、創造しようと夢想していたものを創造したのだと信じていた。

 しかし彼はかかる煙のごときもので長く満足するには、あまりに多く生活力をそなえていた。彼は空想的な所有に飽きて、幻想を実際につかみ取ろうとした。――まずいずれより始むべきか? いずれの幻想も皆等しく重要なものに思われた。彼はそれらをくり返しまたくり返して調べた。投げ捨ててはまた取り上げた。……否もう、元のを取り上げるのではなかった。もう同じものではなかった。二度ととらえることはできなかった。たえず幻想は変化していた。ながめてるうちにも、手の上で眼の前で、変化した。急がなければならなかった。しかも彼は急いでやることができなかった。自分の仕事の緩慢さに困りぬいた。全部を一日に仕上げたいほどであるのに、わずか
前へ 次へ
全527ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング