ば、水中に光っているのが見える怪物を、いつでも引き上げられるだろう。今はそれをただ通らしておく。……あとのことだ!
 暖かい風とわからないくらいのかすかな流れとのままに、舟は漂っている。穏やかで、日が輝《て》り渡り、寂然《じゃくねん》としている。

 ついに彼は懶《ものう》げに網を投じる。水沫《しぶき》の立つ水の上に身をかがめて、見えなくなるまで網を見送る。しばらくぼんやりしたあとに、ゆるゆると網を引く。引くに従って網は重くなる。水から引き上げようとする間ぎわに、ちょっと手を休めて息をつく。獲物を手に入れてることはわかるが、どんな獲物だかはわからない。彼は期待の楽しみをゆるゆると味わう。
 彼はついに意を決する。燦然《さんぜん》たる甲鱗《こうりん》の魚類が、水から現われてくる。巣の中の無数の蛇《へび》のように、身をねじっている。彼はそれらを珍しげにながめ、指で動かし、美しいのをちょっと手に取りたくなる。しかし水から出すとすぐに、その光沢は褪《あ》せてきて、その姿が指の間に融《と》け込む。彼はそれを水に投げ込み、また他のを漁《あさ》り始める。自分のうちに動いてる幻想を、どれか一つ選び取る
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