に用いた、ほんとうらしからぬ無邪気な口実を聞いても、彼は笑えなかった。
「あら、」と少女は言った、「もう他《ほか》の汽車が来た。家へ帰らなきゃならないわ。さよなら。」
「まあお待ち。」とクリストフは言った。「来るのに、汽車賃はどうしたんだい。」
「ロールヘンからもらったの。」
「でもこれをもっておいで。」とクリストフは言いながら、彼女の手に数個の貨幣を握らした。
 彼はもう行こうとする少女の腕を取って引き止めた。
「それから……。」と彼は言った。
 彼は身をかがめて、彼女の両の頬《ほお》に接吻《せっぷん》した。少女は拒むような顔つきをしていた。
「いやがってはいけない。」とクリストフは冗談に言った。「お前にではないよ。」
「ええ、よくわかってるわ。」と娘はひやかし気味に言った。「ロールヘンにだわ。」
 クリストフが牛飼いの少女の両の豊頬《ほうきょう》で接吻したのは、単にロールヘンをばかりではなかった。自分のドイツ全体をであった。
 少女は逃げ出して、発車しかけてる汽車の方へ走っていった。彼女は車室の入口に残って、見えなくなるまで彼へハンカチを振っていた。故国と愛する人々との息吹《いぶ》
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