そう思いたくなかった。……夜が明け始めた。木立の姿が闇《やみ》から出てきた。一つの馬車が、鈴音をたて燈火をちらつかせながら、幽霊のように街道を通っていった……。クリストフは車窓に顔をくっつけて、版図の境界を示す帝国章のついた標柱を見ようとつとめた。汽車がベルギーの最初の駅へ到着する汽笛を鳴らした時、彼はまだその標柱を夜明けの光の中に捜していた。
彼は立ち上がった。扉《とびら》をすっかり開《あ》け放した。冷たい空気を吸い込んだ。自由! 前途に横たわってる全|生涯《しょうがい》! 生きる喜び!……――そして間もなく、残してきたものにたいする悲しみが、これから見出そうとするものにたいする悲しみが、一時に彼の上へ襲いかかった。一夜じゅうの激情の疲れが彼を圧倒した。彼はがっくりと腰掛に身を落した。停車場へ着くまでにはわずか一分あるかなしかだった。その一分間後に、一人の駅員が車室の扉を開くと、クリストフの寝姿を見出した。クリストフは腕を揺られて眼を覚《さ》まし、一時間も眠ったような気がして変だった。重々しく汽車から降りて、税関へやって行った。そして、もうすっかり他国の領土へはいってしまい、もはや
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