た。しかしもう遅《おそ》かった。到着しかけていた。汽車は止まった。五分間。それが永遠のように思われた。クリストフは部屋の奥に飛びのき、窓掛の後ろに隠れて、不安にプラットホームを眺めた。そこには一人の憲兵がじっと立っていた。駅長が一通の電報を手にして、駅長室から出て来、あわただしく憲兵の方へ進んでいった。クリストフは自分に関することだと疑わなかった。彼は武器を捜した。二枚刃の丈夫なナイフよりほかに何もなかった。彼はポケットの中でそれを開いた。胸に角燈をかざした一人の駅員が、駅長とすれ違って、列車に沿って駆けてきた。クリストフはその駅員がやって来るのを見た。彼はポケットの中でナイフの柄を握りしめて、考えた。
「もう駄目《だめ》だ!」
彼は極度に興奮していたから、もしその駅員がおり悪《あ》しくも、彼の方へやって来て彼の車室へはいろうとしたら、その胸にナイフを刺し通したかもしれなかった。しかし駅員は隣りの車室に立ち止まって、今乗った一乗客の切符を調べた。列車はまた進行しだした。クリストフは胸の動悸《どうき》を押し静めた。身動きもしなかった。助かったともまだ思いかねていた。国境を越えないうちは
前へ
次へ
全527ページ中515ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング