なかった。偶像たるべき何かの美しい面影が、いつもすえられていた。愛してることをその偶像から知られるか否かは、多くの場合どうでもいいことだった。彼に必要なのは愛することだった。心の中が決してまっくらにならないこと、それが必要だった。
こんどの新しい炎の対象は、ある農家の娘だった。エリエゼルがレベッカに会ったように、彼は彼女に泉のそばで会った。しかし彼女は彼に水を飲めとは言わなかった。彼の顔に水をはねかけたのだった。小川の岸のくぼんだ所、巣のように根を張ってる二本の柳の間に、彼女は膝《ひざ》をついて、勇敢にシャツを洗っていた。その舌も腕に劣らず活発だった。小川の向こう岸でせんたくをしている他の村娘たちと、盛んに談笑していた。クリストフは数歩離れて、草の上に寝そべっていた。そして両手に頤《あご》をのせて、彼女らをながめていた。彼女らはほとんどきまり悪がりもしなかった。時とすると生意気に聞こえる調子でしゃべりつづけていた。彼はあまり耳にも止めなかった。せんたく板の音や牧場の牛の遠い鳴き声などに交ってる、彼女らの笑い声の響きばかりを聞いていた。そして彼は、一人の美しい娘から眼を離さないで、ぼん
前へ
次へ
全527ページ中480ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング