は、彼にひそかな憤怒《ふんぬ》の念を与えた。彼は彼らに少しも道を譲る様子を見せなかった。通り過ぎる時には彼らと同じように傲慢な眼つきで見返した。も少しで喧嘩《けんか》をひき起こしかけたことも一度ならずあった。あたかも彼は喧嘩を求めてるかのようだった。けれども彼は、そういう空威張《からいば》りの危険な無益さを認むることにおいては、あえて人後に落つるものではなかった。ただ時々彼はめちゃな気持になるのであった。たえず自制していたので、また頑強《がんきょう》な力が鬱積《うっせき》して少しも費やされなかったので、そのためにいらだってきた。するともうどんな馬鹿げた事でもやりかねなかった。もう一年もこの地にいたら自分は破滅するだろう、というような気がしていた。自分の上にのしかかってくる野蛮な軍国主義、舗石の上に鳴ってる佩剣《はいけん》、多くの叉銃《さじゅう》、砲口を町の方へ向けて発射するばかりになってる、兵営の前の大砲、それらのものに彼は憎悪の念をいだいていた。当時評判の高かった卑猥《ひわい》な小説は多く、大小を問わずあらゆる兵営内の腐敗を暴露《ばくろ》していた。将校らは皆悪徳の人物として描かれてい
前へ 次へ
全527ページ中456ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング