した。ところが、シュルツに心配をかけるのを恐れるには及ばなかった。大男はすてきな声で歌った。最初の小節からして、クリストフは驚きの身振りをした。彼から眼を離さなかったシュルツは、身を震わした。クリストフが不満足に思ってると考えたのだった。そして彼がようやく安心したのは、弾《ひ》き進むに従ってクリストフの顔がますます輝いてくるのを見てからだった。彼自身もその喜びの反映を受けて晴れやかになっていった。その楽曲が終わり、自分の歌曲[#「歌曲」に傍点]がこんなによく歌われたのをかつて聞いたことがないと叫びながら、クリストフが振り向いた時、シュルツの歓《よろこ》びは、満足してるクリストフの歓びよりも、得意げなポットペチミットのそれよりも、さらに楽しい深いものだった。なぜなら、二人は自分自身の愉快だけしか感じてはいなかったが、シュルツは二人の友の愉快を感じていたのだから。演奏はなおつづいていった。クリストフは驚嘆していた。この重々しい平凡な男が、どうして自分の歌曲[#「歌曲」に傍点]の思想を現わし得るかを、彼は了解できなかったのである。もとより、正確な色合いがすっかり出てはいなかった。しかし、彼が
前へ 次へ
全527ページ中411ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング