たし、また向こうからの訪問を願うことは、思いもつかなかったのである。
 クリストフの電報は、夕方彼が食事についてる時に到着した。彼は最初理解しかねた。知らない人からのように思われた。間違ったのでないかしら、他人あてのではないかしら、とも考えた。三度よみ返してみた。心が乱れていたし、眼鏡はよくかかっていず、ランプの光は鈍くて、文字が眼の前で踊っていた。ようやくそれとわかると、彼は心が転倒して、食事を忘れてしまった。ザロメがいくら呼びかけても無駄《むだ》だった。彼は一口も飲み下すことができなかった。いつでもかならずたたむ胸布《ナフキン》を、そのまま食事の上に放《ほう》り出した。よろめきながら立ち上がり、帽子と杖《つえ》とを取りに行き、そして出かけた。かかる幸福を得て、善良なシュルツがまっ先に考えたことは、他人にもその幸福を分かつことであり、クリストフが来るのを友人らに知らせることであった。
 彼は同じく音楽好きな二人の友をもっていて、クリストフにたいする自分の感激を伝えていた。判事のザムエル・クンツと、歯医者のオスカール・ポットペチミットとであった。後者は秀《ひい》でた歌手だった。三人の老
前へ 次へ
全527ページ中380ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング